近世ヨーロッパでは、植物を知るための資料と方法が大きく広がりました。古代から伝わる薬物書に加えて、印刷された薬草書、航海で集められた植物や標本、各地の植物を共通の名前で整理する命名法が使われるようになります。
この時代の植物知識は、一人の学者や一つの発明によって完成したものではありません。植物を観察する人、文章や図を本にする人、遠い土地から植物を運ぶ人、それらを比較し分類する人の仕事が重なり、記録と共有の範囲が広がっていきました。
印刷が薬用植物の知識を広げる
14世紀にイタリアで始まったルネサンスは、古代ギリシャ・ローマの文化を読み直そうとする運動としてヨーロッパ各地へ広がりました。医学や植物研究でも、古典に記された植物と、身近に生育する植物を照らし合わせる試みが進みます。
活版印刷術が普及すると、薬用植物に関する書物を同じ本文と図で多数作り、離れた地域の読者へ届けやすくなりました。木版の植物図は、葉、花、実、根などの形を文章とともに示します。印刷は知識の共有を助けましたが、古い図版や誤った説明が再利用されれば、それも広く複製されました。本を読むだけでなく、記述と実物を比べることが必要でした。
ハーバリストが植物を本にまとめる
16~17世紀のイングランドでは、薬草学の専門家であるハーバリストが活躍しました。植物の特徴、栽培法、当時考えられていた薬用をまとめた書物は、英語で herbal と呼ばれる薬草書(本草書)です。
ジョン・ジェラードの『The Herball』(1597年)は、その代表的な一冊です。大陸で刊行された先行著作の文章や図版を利用しながら、イングランドで育つ植物や栽培経験も収めました。ジョン・パーキンソンも、薬草に加えて世界各地から知られるようになった植物を大部の書物にまとめています。二人の著作からは、古い文献、観察、栽培、海外から届く情報が一冊の薬草書に編集されていく様子が分かります。
このころには、治療する部位に似た形の植物が役立つと考える形態類似説も知られていました。ハーバリストで占星術師でもあったニコラス・カルペッパーは、植物を惑星と結びつけ、『The English Physician』(1652年)を英語で刊行しました。観察にもとづく知識と古典医学、占星術などが、当時は同じ薬草書のなかに共存していたのです。
植物を見分ける資料が増える ⚪参考
印刷図のほかにも、生きた株を集める植物園や、採集した植物を押し葉にして保存する乾燥標本が、研究と教育に使われるようになりました。図は同じ形を多くの読者へ伝え、植物園では成長する株を観察でき、標本には特定の場所と時期に採集された個体が残ります。
それぞれが持つ情報は異なります。文章と図、生きた株、乾燥標本を照らし合わせることで、植物名と実物の対応をより確かめやすくなりました。
航海と交易によって植物が運ばれる
羅針盤や造船・航海技術の発達を背景に、ヨーロッパ諸国は新しい航路を求めて海へ進出しました。領土の獲得や香辛料交易など複数の目的が重なり、大航海時代が展開します。アメリカ大陸原産のバニラ、チリ、カカオなどもヨーロッパへ運ばれ、薬、食、栽培の対象となりました。
移動したのは植物や香辛料だけではありません。種子、標本、図、地域名、栽培法や利用法の情報も集められました。こうした収集は各地の人々が持つ知識に支えられる一方、ヨーロッパ諸国による土地や交易の支配とも結びついていました。
プラントハンターと植物収集
大航海時代以降の航海には、植物学者や採集者が同行するようになります。後世にプラントハンターと総称された人々は、植物を採集して標本や図に残し、ヨーロッパの植物園や収蔵庫へ送りました。
こうした採集活動を通じてヨーロッパへ紹介された植物の例に、ユーカリ、ミモザ、アカシアをあげることができます。
18世紀のジョセフ・バンクスは、ジェームズ・クックのエンデバー号による太平洋航海に参加した代表的な人物です。彼らによって集められた植物は、比較、命名、分類の対象となっていきます。
リンネの二名法が名前をそろえる
知られる植物が増えるほど、地域によって異なる名前や、同じ語が別の植物を指す問題が大きくなります。18世紀のカール・フォン・リンネは、1753年の『Species Plantarum』で、植物種を属名と種小名の組み合わせで表す二名法を一貫して用いました。
リンネの分類体系は、おしべやめしべなどの特徴で植物を配列する方法でした。一方、二名法は植物を共通の短い名前で示す命名法です。分類は後世に組み替えられても、共通名によって別の書物や標本にある植物を照合しやすくなりました。
香料植物を知る方法も変わった
印刷された薬草書、航海で集められた植物と情報、共通の名前を与える二名法によって、植物知識を記録・共有・整理する方法は広がりました。香辛料や芳香植物も、乾燥した商品としてだけでなく、原植物、産地、栽培法を確かめる対象になります。
植物を見分ける知識のそばでは、香りを抽出し、調合し、商品として届ける仕事も発展しました。蒸留、芳香水、香水、香料産地、合成香料の歴史は、次の記事でたどります。