香りを吸い込んだとき、鼻に入ったにおい分子が、そのまま脳の奥まで運ばれていくのでしょうか。
実際に脳へ伝わるのは、におい分子そのものではなく、鼻の奥で神経の信号へ置き換えられた情報です。その途中では、におい分子を受け取る、情報の表し方を変える、届いた信号を整理して次へ渡す、という異なる働きが連携しています。
この記事では、においの情報が嗅皮質へ届くまでを「受容」「信号変換」「整理・伝達」の三つの局面からたどります。読み終えると、嗅上皮、嗅細胞、嗅球、嗅皮質の役割を、単なる順番ではなく、そこで起こる変化とともに説明できるようになります。
受容―におい分子と嗅覚の入口が出会う
においのもとは、空気に含まれる低分子の化学物質です。鼻腔へ入ったにおい分子は、鼻の奥にある嗅上皮を覆う粘液へ届きます。嗅上皮は、外から入ってきた化学物質の情報を、嗅覚のしくみが最初に受け取る場所です。
嗅上皮は鼻腔の上部にあり、嗅細胞の軸索は嗅神経として篩板を通り、嗅球へ向かいます。
嗅上皮には、神経細胞である嗅細胞(嗅神経細胞)があります。その先端から粘液中へ伸びているのが嗅繊毛(嗅毛)です。嗅繊毛には、およそ400種類の嗅覚受容体があり、におい分子は形の合う受容体と結合します。この結合が、においの情報を受け取る出発点になります。
ここで鼻が受け取っているのは、「花の香り」「木の香り」といった名前ではありません。一つの香りにも複数のにおい物質が関わり、それぞれの分子が受容体と出会います。たとえばラベンダーの香りも、リナロールや酢酸リナリルなど、多くの成分が組み合わさって形づくられています。何のにおいかという判断は、この段階ではまだ行われていません。
信号変換―化学物質の情報を神経が運べる形にする
受容体がにおい分子を捉えると、嗅細胞はその情報を電気信号(インパルス)へ変換します。ここで変わるのは、においの情報を担うものです。入口では化学物質であるにおい分子が情報をもっていましたが、嗅細胞から先では電気信号がその情報を伝えます。
この変換があるため、鼻腔へ入った物質自体が脳へ移動しなくても、その情報を神経経路で先へ送ることができます。「香りが脳へ届く」という表現は、香りの物質がそのまま運ばれるという意味ではなく、香りについての情報が神経の信号として伝わるという意味です。
電気信号へ変換する場所は嗅細胞です。次に登場する嗅球は信号を整理する場所であり、変換を担当する場所ではありません。この二つを区別すると、経路を部位名の暗記ではなく、情報の変化として捉えられます。
整理・伝達―信号をまとめて嗅皮質へ送る
嗅細胞で生じた電気信号は、脳の嗅球へ向かいます。嗅球にある糸球体では、嗅細胞から届いた信号がまとめられ、嗅球で情報が整理されます。嗅球は、鼻で生じた信号をそのまま通過させるのではなく、次の脳内処理へ送る前に整理する役割を担います。
整理された嗅覚情報は、神経のシナプスを介して嗅皮質へ送られます。嗅球のすぐ次に視床下部へ進むのではありません。まず嗅皮質へ届き、そこで嗅覚情報の処理が行われます。さらに、その情報は感情や記憶、ほかの感覚との統合に関わる脳領域へ広がります。
したがって、嗅皮質は信号の単なる受け取り口や中継地点ではありません。一方で、嗅皮質だけですべての処理が完結するわけでもありません。何のにおいかを認識し、自分にとってどのような意味をもつかが形づくられるまでには、嗅皮質とその先の脳領域で処理が続きます。
情報はどのように姿を変えるのか
嗅皮質までの流れでは、同じ「においの情報」が、場所ごとに異なる形で扱われます。
化学情報は嗅細胞で電気信号へ変換され、嗅球・糸球体で初期処理を受けた後、嗅皮質へ伝わります。
嗅皮質から先は「香りと脳」へ
においの情報は、鼻で神経信号に変換され、嗅球で整理された後、嗅皮質で処理されます。嗅皮質とその先で、感情や記憶などとどのように関係するのかは、次の記事で扱います。
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図版クレジット
- 嗅覚解剖図:原図 Chabacano, “Olfactory system.svg”, based on medical illustrations by Patrick J. Lynch, CC BY-SA 2.5。日本語ラベル・再配置・表示整理:Estudia(改変版もCC BY-SA 2.5)。