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においの感じ方はなぜ違う?―個人差・経験・記憶と嗅覚の不思議

⚪参考 この記事は、嗅覚の個人差や発達、生物種による違いを扱う発展学習です。

同じ香りを嗅いでいるのに、「心地よい」と感じる人もいれば、「少し苦手」と感じる人もいます。さらに、以前は気にならなかった香りが、ある日は強く感じられることもあります。香りの分子が同じなら、なぜ感じ方まで同じにならないのでしょうか。

においの感じ方は、鼻へ入った分子だけで決まるものではありません。においを受け取る嗅覚受容体の個人差、これまでの経験や記憶、そのときの体調や生理状態などが重なって、一人ひとりの感じ方が形づくられます。

同じ分子でも、受け取る仕組みには個人差がある

におい分子は、鼻の奥にある嗅繊毛の嗅覚受容体と結合し、嗅覚情報の出発点をつくります。ヒトには約400種類の嗅覚受容体があるとされ、それぞれの受容体に関わる遺伝子には個人差があります。この遺伝的な違いが、同じにおいに対する感じ方の個人差に関係します。

ただし、遺伝子の違いだけで「この香りが好き」「この香りは嫌い」と決まるわけではありません。受容体はにおいの情報を受け取る入口であり、脳ではその情報が感情や記憶などとも関係づけられます。入口の違いに加えて、その人がにおいへどのような意味をもつようになったかも、感じ方を左右します。

経験は、香りに意味を与える

初めて嗅ぐ香りと、何度も接した香りとでは、受け止め方が同じとは限りません。においの好き嫌いは、そのにおいについて得てきた情報や経験の影響を受けます。

たとえば、ある香りが楽しかった時間と結びついている人は、その香りから好ましい印象を受けるかもしれません。香り自体にすべての人へ共通する思い出が含まれているのではなく、脳が扱う嗅覚情報に、その人自身の経験や記憶が重なります。

一方、危険や強い不快感を覚えた場面で嗅いだにおいは、その出来事と結びついて記憶に残り、後に同じようなにおいからストレスを感じたり、避けたいと感じたりすることがあります。これは危険から身を守るうえで意味のある反応と考えられますが、その評価も、同じにおいが後によい体験と結びつくことで変わる可能性があります。

においの経験は生まれる前から始まる?

においの感じ方に経験が関わるなら、その経験はいつから始まるのでしょうか。妊娠中に母親が好んで食べた食品のにおいを、出生後の子どもも好むという調査結果があります。胎児は子宮内でもにおいを識別している可能性があると考えられています。

この例は、出生後の好みも、受容体の遺伝的な違いだけでは説明できないことを示す手がかりです。ただし、母親が食べたものだけで、その後の好き嫌いが決まるという意味ではありません。出生後に重ねる経験や、そのときの体調なども感じ方に関わります。

同じ人でも、感じ方はいつも同じではない

個人差というと、人と人との違いを思い浮かべがちです。しかし、同じ人が同じにおいを嗅いでも、体調や生理状態によって感じ方が変わることがあります。つまり、感じ方は「誰が嗅ぐか」だけでなく、「その人が今どのような状態か」にも関係します。

体調が違う日に香りの印象が変わったとしても、それだけで香りそのものが変化したとは限りません。におい分子を受け取ってから脳で体験として形づくられるまでには、受容体の個人差、蓄積された経験、その時点の身体の状態が関わるためです。

このことは、ある人の好き嫌いを、その香りの絶対的な評価として扱えないことも示しています。自分には心地よい香りでも、別の人が同じように感じるとは限りません。また、自分自身の評価も、経験や状態によって変化する可能性があります。

生物によって「におい」の重要性も違う

嗅覚の違いは、人と人の間だけに見られるものではありません。嗅覚受容体の種類数は生物種によって異なり、おおよその数は、ヒトで約400種類、犬で約800種類、アフリカゾウで約2,000種類とされています。アフリカゾウは、繊細なにおいを嗅ぎ分けると説明されています。

一方、イルカやクジラでは嗅覚受容体が少なく、嗅覚の一部が失われています。これは、進化の過程で嗅覚を使う機会が少なくなったためと考えられています。受容体の種類数だけで嗅覚能力のすべてを比べることはできませんが、この対比から、生きる環境や暮らし方によって嗅覚の重要性が異なることがわかります。

三つの違いが重なって、感じ方になる

同じ香りへの反応が異なる背景には、少なくとも三つの観点があります。第一は、嗅覚受容体遺伝子に関係する「受け取り方の違い」。第二は、生まれる前からその後までに重なる情報・経験・記憶による「意味づけの違い」。第三は、体調や生理状態による「その時の違い」です。

これらは、どれか一つだけで好き嫌いを決める独立した答えではありません。においを受け取る仕組みと、これまでに積み重ねた経験、現在の状態が重なり、同じにおいにも異なる感じ方が生まれます。

香りの感じ方に違いがあるのは、誰かの嗅覚が正しく、別の誰かの嗅覚が間違っているからではありません。同じ化学的な情報から始まっても、それを受け取り、意味づける人が違えば、体験も同じにはならないのです。

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