植物や香りは、古くから医療、宗教、美容、身だしなみなどに用いられてきました。しかし、「アロマテラピー」という名称のもとで精油の利用が研究され、医療や美容の実践として展開したのは20世紀のことです。
その形成に関わったのが、ルネ・モーリス・ガットフォセ、ジャン・バルネ、マルグリット・モーリーです。三人はそれぞれ、化学と香料産業、医療、美容とトリートメントという異なる立場で精油に向き合い、現在のアロマテラピーにつながる複数の道を開きました。
ガットフォセ――精油研究に名前を与える
20世紀初頭のフランスでは、香料産業の発展とともに、植物の芳香成分を化学的に調べる研究も進んでいました。香料産業に携わる化学者だったルネ・モーリス・ガットフォセは、この環境のなかで精油の性質と利用を研究しました。
ガットフォセは、芳香を意味する「アロマ」と、療法を意味する「テラピー」を組み合わせ、アロマテラピーという言葉を作った人物として知られています。1937年には、精油についての研究を『Aromathérapie(アロマテラピー)』にまとめました。精油の医療的な利用を研究し、その領域を一つの名称で示したことが、ガットフォセの大きな役割です。また、ガットフォセについては、化学実験中に負った火傷へラベンダー精油を用いたという逸話も広く知られています。
ガットフォセが研究領域に名前を与えたころ、精油は医療の現場でも使われていました。その経験を著書として広く伝えたのがジャン・バルネです。
バルネ――医療現場の経験をまとめる
フランスの軍医ジャン・バルネは、戦場で負傷者の治療にあたり、精油を利用したと伝えられています。軍籍を離れた後も研究を続け、1964年に『AROMATHERAPIE(植物=芳香療法)』を刊行しました。
バルネの仕事は、医療現場で得た経験と精油に関する知識を、ほかの人が参照できる形へまとめた点にあります。フランスで精油を医療へ用いる実践が整理され、メディカル・アロマテラピーと呼ばれる流れが知られていく過程に関わりました。
精油を用いる実践は、医療だけに向かったわけではありません。美容と身体へのケアを通して、一人ひとりの心身を捉えようとしたのがマルグリット・モーリーです。
モーリー――美容とトリートメントへ広げる
オーストリア出身のマルグリット・モーリーは、アジアの伝統的な医学や哲学を学び、精油を植物油で希釈したトリートメントオイルを美容と健康に用いる方法を示しました。特定の部位だけでなく、精神と身体のバランスを含めて人全体を捉えることを重視しました。
1961年に研究をまとめた『Le capital Jeunesse』を刊行し、1964年には英訳されました。この著書は、モーリーの考え方がイギリスへ伝わる一つの足掛かりとなります。多くのセラピストがその研究を実践へ展開し、のちにホリスティック・アロマテラピーと呼ばれる流れへつながりました。
モーリーは、体質や性格に応じて精油をブレンドし、食事や運動を含む生活全体にも目を向けました。こうした個別性への関心は、精油を何に用いるかだけでなく、ケアを受ける人をどのように捉えるかという視点をアロマテラピーへ加えました。
異なる実践が形づくった現代アロマテラピー
ガットフォセは精油研究を「アロマテラピー」という名称と著書で示し、バルネは医療現場の経験を参照できる知識にまとめ、モーリーは精油の利用を美容やトリートメントへ展開しました。それぞれの活動目的は異なりますが、研究、医療、美容、心身へのケアという現在のアロマテラピーの多様な姿につながっています。
この歴史は、香水を製造し商品として届ける香料産業の歴史とも接点を持ちます。ガットフォセの研究背景には香料産業がありましたが、香水の製造と、精油を心身のケアに用いる実践は同じものではありません。
20世紀ヨーロッパで形を得たアロマテラピーは、書籍、教育、実践者を通じて地域を越えて広がりました。日本でも、香料産業とは別に、精油の利用を学ぶ文化や資格制度が発展していきます。